何故お寺を継ぎたくなるのか?
何故お寺を継ぎたくなるのか? という質問にどう答えるか?私の場合は門徒さんとこの一瞬を共に過ごさせて頂ける、私はこの寺のご院さんである、感謝の気持ちというか、内から湧き上がってくる喜びである。
逆に、子供のころからいつかお寺を継ぐ事を期待されて、それがずっと負担になっていて、、。親に対する罪悪感は、幼少期からの「お寺を継ぐべき」という責任感、自分の歩みたい道をさえ楽しく歩めない、、。
その悲しみをも耳にする。
自分の根でありながら、暗い場所に感じてしまい、別の世界に憧れている。その気持ちも、よく理解できる、、。自分の歩むべき道が生まれた日から決まってある、気持ちを問われてもいなく、いつの間にか得度式を受けさせられ、僕の気持ちは誰も知りたくないのか、という疑問。
教えに出遇って欲しいと切に願っている父親、。しかし父親の、教えの魅力を伝えようとしている父親の言葉にアレルギーを感じている息子、。
なかなか頷けないと思います。
そして自ら希望してお寺の世界に入ってきた私の姿を、不思議に眺めている。何故この道選べるのか、と。I’m just following my heart! And I think you must follow yours…!
無理矢理に継いでも、自分の為も、門徒さんの為にもならない。
まずは自分の歩みたい道を歩む。悔いが残らない為にも大切です。
そして、ひょっとして、one day, あなたも教えに出遇う日がくる、、。私と同じく、喜びが深いところから湧き上がり、居場所与えられて、感謝できる日、、。
どの道であっても、あなたはもう既に如来に抱きしめられている。You are already there and embraced by oneness!
写真は、高雲寺前住職の了勝さん。



