これって、寺院末法の時代かのようです、、?
高雲寺住職になってからですが、周りに跡継ぎがいない寺院との出遇いが相次いでいます。門徒軒数50軒以下のところが多いですが、これはどのようになっていくのかぁ、と気になっている人も沢山いるでしょう。
大きい規模の寺院はこの問いをそこまで切実に感じないだろうが、
なるようにしかならない、という答えがよく聞こえてきます。
これって、寺院末法の時代かのようです、、? 大きい寺はもう暫く残っていくでしょうが、50軒以下の寺院は「これから」という課題を背負っています。
仏教の教えだけが残り、形は変わっていくもの、それが仏教の法則そのものでしょうが、自坊を大切に思い、今までの歩みを感じるからこそ、「これから」の責任を感じる住職、私だけではないでしょ。
実際に、先月に教師資格を得て、もう時期に敦賀組でお寺を継ぐ予定の仲間が一人いるが、門徒軒数は5軒ぐらいですかね、、?
しかし、それでも、というか、だからこそ!彼の前向きの姿勢に励まされています。
今、自分にできるとは何か? 「これから」を変えて行こう!その気持ちが大事です、
高雲寺も同じ気持ちで境内を工事して、天然石の通路を作りました!
私は全国で色んな住職や坊守のお話しを伺いながら、この「これから」を一つの課題として、この後も問い続けていきたいと思います。
今日は富山県氷見市にある、本願寺派・真常寺にご縁を頂きました。以前氷見海岸から富山湾の水平線上に浮かぶ雄大な立山連峰のパノラマを見た覚えがあります。
お寺の本堂からそういう風景が広がるなんて、本当に羨ましいです!
お西の寺院に行く機会が増えて、本願寺派の声明を少し学べたらな、と最近思っています。
一緒にお勤めができれば素敵でしょう。相手の世界を知るのも良いことです。




