聞法会のあるべき形とは?
今日は高雲寺の聞法会で沢山の方に足を運んで頂き、何より喜ばしい事ですが、知識ある側と専門用語に親しみのない側との溝を感じました。門徒さんに分かりやすい言葉で話しできる者と、どうしても専門的なレベルになってしまい、門徒さんがしんどい顔される事があります。住職としては会の進行に苦慮しました、、。
後半はグループ分けして、それぞれが自由に発言できる雰囲気になったと思います。
座談は皆が平等に話して貰いたいが、そこも調整が悩ましいところです、、。皆の為の場であって欲しいが、住職も時に力不足です。😔
しかし、自坊で他の住職の解釈が聞ける事は恵まれているところでもあると思います。





