仁愛大学で安楽死・尊厳死を考える公開シンポジウム
仁愛大学で安楽死・尊厳死を考える公開シンポジウムは、仁愛大学学長・田代俊孝先生、龍谷大学客員教授・医師である田畑正久先生や私による講演会でした。
「命は誰のものか-母の安楽死から問われたこと」や田代先生による「日本における安楽死・尊厳死事情」の話しを聞きながら、共に安楽死について考えて頂きました。
私が語れるのは、スイスにおける自殺幇助の事情だけですが、
自らの意思で人生を終えるのはスイスで当たり前の事になってきた。
「人生の最後の選択肢」として社会に深く定着し、ある種の「当たり前の権利」として広く認知されるようになってきました。
「誰でも簡単に、いつでも死を選べる」社会は本当に良いでしょうか?
回復の見込みのない不治の病にかかっているなら、まだ頷けるところもあるが、生きるに疲れた、生き甲斐を見失った人による安楽死の申請が年々増えています。
スイスの人々にとって、この制度が当たり前になっている最大の理由は、「人生の最後まで自分の尊厳(コントロール)を保ちたい」という自己決定権、ドイツ語では(Selbstbestimmung)、の意識が極めて強いからです。
「寝たきりになって他人に迷惑をかけたくない」と言いながらも、生まれてから周りに迷惑をかけている存在であるのではないか?何故寝たきりになった時に初めてそういう意識が生まれるでしょうか?
「生き甲斐を見失った人(人生に疲れた人=Lebensmüde)」による自殺幇助の申請が急激に増え、我々がどんなような社会を望んでいるかが問われています。
安楽死という安易な選択肢があることで、社会や医療が「生き甲斐を取り戻すための努力」を諦めてしまうのではないかという批判が絶えません。
安楽死から安楽生へ〜 何故そんなに死にたいか、悩み苦しんでる人に耳を傾ける必要があります。




