「今」を生きる姿

種を撒いても、その植物の成長が見れない、実がなっても食べれない、実がなるころはもう命が尽きた可能性高い、、。それでも今日種を買い求めて、畑を耕すがん患者、そういう方はうちの近くにいる。

もう既に余命を宣告されているにも関わらず、休まずに畑にかかる。
その姿を見る度に深く感動しています。これは正に仏教が説いている「今」を生きる姿です。

自分なら、種も買い求めないだろうし、種を撒く作業もしない、。余命がわずかな自分を残念がっていて、何もしないのでは、と想像しています。

撒いた種が育つ事、自分の目では確かめられないかもしれないが、それでも撒くことに意味、生き甲斐を感じています。

その生き方を真似したいな、とつくづく思う。昨日ではなく、明日でもなく、「今」を生きることを、、。

今日は伊豆同朋の会のお誘い、岡崎教区第35組で久しぶりに三島にきました。法話依頼が連続で遠距離でもあり、流石に少し疲れてきましたが、これは贅沢な悩みです、、!
ご縁を頂いて感謝しています。