戦争を直接経験した人だけが持つ「生の言葉」の重み
中立国のスイスに生まれ育った私は戦争を経験した事もない私は「平和の集い」でどのように話せば良いか、正直なところ少し迷ってしまいました。
差別も同じですが、戦争を直接経験した人だけが持つ「生の言葉」の重みがあると思います。個人の生々しい苦しみや恐怖が伝わってきます。
現代の私たちが直面する問題(平和の維持など)へどう繋げるかが課題でしょう。遠くの大きな課題に圧倒されるのではなく、自分の身の回りから行動を起こすことこそが最も確実な一歩です。
寺離れの問題も同じでしょう。今自分にできる事を見つけましょう!
戦争を直接知らない私たちが、それぞれの場所で今すぐ始められる具体的な行動はたくさんあります。
最近SNSで議論されている投稿もよく出てきますが、異なる意見や背景を持つ人と感情的にならずに対話を続けていく、相手の世界を知る事は大切だと思います。
宗教がそれぞれの正義や教義を根拠に自らを正当化し、対立を生んでしまうのは、歴史上何度も繰り返されてきた極めて根深い問題です。
自分の信仰する神や教義だけを唯一の絶対的な正解とすることこそが対立を生みます。
私は敦賀の気比神宮の方と仲良くさせて頂いています。今まで色々学ばせて頂きました。
昨日は要誓寺、「平和の集い」のお話と尺八の演奏をさせて頂きました。夜の19〜20:30の講演だったにも関わらず、沢山のお参りでした。
素敵な時間をありがとうございました!




