自らが生きる宗教を自由に表現できる権利?

スイスで法衣姿で道を歩けば攻撃の的になるか?
最近差別問題で考えさせられている、イスラム教徒の女性が身につけるスカーフ「ヒジャブ」と呼ばれるが、ヒジャブを付けたままスイスの学校で教えてはいけない、と議論になっている。

学校でのヒジャブ着用禁止を議論、私もどちらかというと、賛成派でした。異文化への恐怖でもあるかもしれない、、イスラム教の人に対する偏見、マスコミにも多く影響されているでしょう、、。

ヒジャブを身につける事はいったい何を表しているでしょう?
主な意味は「神の教えに従い、慎み深くあること」や「外敵や性的な視線から自らを守ること」です。

着用は信仰心やアイデンティティの表現でもあり、現代では個人の意思で選ぶ女性も多くいます。

では、常に間衣を着ている私はスイス人にどう思われるでしょうか? 日本では法衣を着ている存在は社会にお坊さんとして認識されて、見慣れているというか、受けいられている姿です。しかしスイス人は間衣姿を見て、変な宗教と思ってしまう可能性高い。道を歩くと、攻撃の的となることも、、。

自らが生きる宗教を自由に表現できる権利をスイスが主張しながらも、学校でヒジャブを身につけながら教えるのは、キリスト教の国であるスイスで議論になっている、、
要するに、宗教的な義務と自己表現。

ヒジャブをはじめとする頭や顔を覆う布には、地域や宗派によっていくつかの種類があります。

性的なトラブルや不要な視線から身を守るためのバリアの役割もあれば、社会において「自身がイスラム教徒である」ことを誇りを持って示すためのシンボルでもある。

ヒジャブ、頭や顔を覆う布で言えば、キリスト教の尼さん、シスターも同じです!シスターが学校で教えるのはさほど珍しくない。しかしシスターは何故頭を覆う布を付けているのか、議論になった事ないです。

これはシスターの信仰心やアイデンティティのシンボルである。

確かにシスターの姿を見て、差別に感じたことない。
やはり見慣れないものが怖いですね。