今日が最後だったとしても悔いのないくらい楽しめた、という気持ちでいたい
尺八の師が脳梗塞で倒れて、もう一年半になったが先生が定期的発信されていた最後のライブ配信を、昨夜ふたたび見ながら色々考えさせられた。
先生も当時は元気で、気になっているところもない、と動画でこれからの計画について色々話していました。その三日後、、半身麻痺になってしまい、生き甲斐であった尺八も吹けなくなってしまいました。
一番生き甲斐になっているもの取り上げられたら、自分ならその厳しい現実受け容れるだろうか、?!
やりたいことできるうちにやらないと!と以前かけられた言葉ですが、本当にその通りです。To live this life, every day to the fullest as it might be the last day of our lives.
今日が最後だったとしても悔いのないくらい楽しめた、という気持ちでいたい。『今』ということば, 過ぎた日々悔やむよりも 明日の事悩むよりも、ここに生きている奇跡、、。
自分の人生を振り返ってみると色々と経験ができました。故郷から遠く離れた国でお念仏の教えに出遇い住職もなりました。しかし、自分で選んだ道ではない。気が付いたら、今の自分がいる。
これからは計画立てずに、頂くご縁を大事にしたいと思います。
京都で、尺八の世界で名のある方もう一人も脳梗塞になり、尺八を伝えていける人は益々減ってきたと悲しく思います。
尺八の指導にもう少し力いれて後継者を育てていかないと、尺八は最早博物館の楽器になってしまいそうです!
今日と明日は福岡県、行橋の廣宣寺「夏の法座」です。
廣宣寺の本堂は親鸞さんの生涯が描かれた絵画を見て、素敵だなと感激しました。文字だけでなく、絵もまたいいですね、。絵から伝わってくるものがあります。




