日常生活の中で出遇うもの
山の国に生まれ育った私ですが、スイスの山にはあまり興味関心なかったです。灯台下暗しでしょうね、、。ある山を正面から眺めても、裏から見れば同じ山でも姿がまたずいぶん変わります。
浄土真宗の教えについて語る講師が沢山おられて、表現は皆それぞれ違っても、they are all unique but right at the same time. 本来、色も形もないものを言葉で表現する役目は決して簡単なものではないです。
親鸞さんの言葉がよく引用されますが、そこで終わってしまうと、自分自身と関係ないものになってしまいます。真宗で自分自身が問われているなら、歩みの中で出遇ったもの、その人にしかないエピソードが聞きたいです。
私の場合は母の安楽死が確かに大きな刺激になり、語りやすいかもしれないですが、そこまで劇的なエピソードでなくても、日常生活の中で出遇ったものは誰にでもあるのでは、と思っています。
教えにどのように出遇ったのか、それが話しを聞いている門徒さんにとってヒントになります。
今日は三島、大泉寺の報恩講で皆に心温かく受け容れて頂いて感謝の気持ちで一杯です。
坊守さんの生けた仏花や、住職の輝いてるその姿に感動しました。
出遇いに感謝です!



