過去の後悔に囚われて振り返るよりも

物置で昔の写真をあれこれと探しているうち、思わぬものが手に入りました。母が亡くなった後、姉から送られてきた最後の手紙です。久しぶりに目を通しましたが、当時の私を傷つける言葉ばかりが並んでおり、もうとうに捨ててしまったつもりでいました。

母がスイスで安楽死(自殺幇助)を選んで亡くなったことは、私の心に深いトラウマを残しました。そのため、当時の私にとってスイスに帰国することはあまりにも精神的な負担が大きく、どうしても帰ることができなかったのです。現地で葬儀が行われたわけでもなく、母の遺骨は本人の希望通り、ただ海へと撒かれました。

姉や兄は私より16歳以上も年上で、あの当時から、いわゆる「きょうだい」としての実感は薄いものでした。それゆえに、母の安楽死という出来事に対する受け止め方も、家族の中でそれぞれに全く違っていたのです。

「あなたが生れてから、もう私たちの居場所はなかった」そんな言葉で責められ、きょうだいとの縁はその後、完全に切れてしまいました。姉はカラッとした性格で、母と同じく感情を表に出すのが苦手な人でした。「母が自死を選びたいのなら、それは母の権利だ」と言い放ち、当時は母の死など自分には響いていないかのように、平気を装って振る舞っていました。

しかし、実際にはその決断が、のちに彼女の心へ大きな負担となってのしかかったのでしょう。以前あれほど活発だった姉が、今は引きこもりのような生活を送っているという話が、のちに私の耳へと入ってきました。

命はやはり、自分一人だけのものではありません。死を選ぶ権利もまた、決して独断で片付けてよいものではないのだと、痛切に思わされます。

一度、こちらから連絡をしてみようかと考えた時期もありました。しかし、まだお互いにとって縁が熟すのには時間が必要なようです。

今年の3月には、スイスのテレビ局がわざわざうちの高雲寺まで取材にやって来ました。その番組は、スイスのNHKにあたる公共放送で来月放映される予定です。海を越えたその放送が、もしかすると何かの反応や、途切れた縁を動かすきっかけになるのかもしれません。

そんな過去の痛みに触れた本日、私は福井市にある真宗大谷派の善良寺での法要に赴いておりました。かつて仁愛高校でお世話になった際にご住職と知り合い、本日こうして尊いご縁をいただいたのです。

堂内には多くの参拝者が集い、外陣では准堂衆の皆様によるお勤めが厳かに響き渡る、大変盛大な法要でございました。私は参詣席から、静かに手を合わさせていただきました。

こうして、今ここにある新たなご縁の繋がりを、これからも大切にしていきたいと心から思います。過去の後悔に囚われて振り返るよりも、これからの日々を、前を向いて歩んでいきたいものです。