What is 「the Other Shore」?
それを考えさせてくれるのは、「幸福な王子」の物語です。
ある街の高い塔の上に、王子の銅像が立っていました。全体が金でおおわれ、目はサファイヤ、剣のつかにはルビーがはまっていました。
その街に、一羽のツバメがやって来ました。他のツバメはもう既にエジプトに旅立ったのです。
遅れて出発した一羽のツバメは途中この街にたどり着いたとき、
⚫︎涙を流す王子に出逢います
ツバメは王子の足元で一夜を明かすことにしました。頭をつばさでおおって、眠ろうとしたら、大粒の水が落ちてきました。
「あれ、雨? 空は晴れているのになんで?」と思っていると、また一滴、さらにもう一滴落ちてきます。ツバメが見あげると、王子の目が涙でいっぱいになり、その涙は王子の頬を流れていました。
「あなたは誰? なぜ泣いているの?」
「私が生きていたときは、涙なんて知らなかった。お城の中で、遊んだり、ダンスをして、楽しんでいた。お城の外のことなんて気にかけたことはなかった。家来は、私のことを幸福な王子と呼んだものだ。
私が死んだ後、この高い場所に置かれた。すると、街で起きている悲惨なことが見える。私の心臓は鉛でできているが、泣かずにはいられないよ」。
⚫︎王子のお使いをつとめるツバメ
王子は、ツバメに、通りのむこうに住んでいる貧しい家に住んでいる女性の話をしました。
「彼女の息子が熱を出してオレンジを食べたいと言うが、女性が貧しくて、水しかあげられない。私の剣についているルビーを取って、あの人にあげてほしい」。
エジプトに行く予定のツバメが断ろうとしたが、結局、王子の願いを聞きました。
お使いがすんだツバメは、王子にこう言いました。「不思議なんですが、こんなに寒いのに、心が暖かくなっています」。
ツバメはエジプトへの出発を次々と先にのばし、王子のお願いを後2回聞きました。
小説家志望のまずしい若者に、王子の目のサファイヤを、マッチ売りの少女にもう一方の目のサファイヤを届けました。
もう寒くなってきたし、ツバメは、暖かいエジプトに行きたくて仕方がなかったのですが、王子の側から離れなくなりました。
ある日、王子に目のサファイヤを取れと言われたときは、「そんなことをすれば、目が見えなくなってしまう」と心配しました。
⚫︎ 王子の元に残るツバメ
マッチ売りの少女にサファイヤをあげて戻ってきたツバメは、「あなたは目が見なくなったから私はずっとあなたの側にいるよ」と王子に、、。
王子が「街でどんなことが起きているのか見てきてほしい」とツバメに頼み、それを報告して貰いました。
王子に見てきたことを話すと、王子は「私の体の金を少しずつはがして貧しい人に分け与えてほしい」と頼む。ツバメは言われたとおりにしました。そのうち、王子の銅像の金はすっかりなくなり灰色になりました。
⚫︎冬が来た
冬になり雪が降ってきました。ツバメは寒さに震えたが、王子の元から離れませんでした。
力がつきはてて、もう死が近付いていると感じたツバメは最後に、もう一度王子の元に戻り、感謝の気持ちを伝えました。
「さようなら、王子さま。Goodbye, dear Prince!
と王子にキスをして、王子の足元に落ち、死にました。
「the Other Shore」is a Buddhist symbol of utmost happiness. In Buddhismus we are expected to leave “this Shore”, the land of suffering and go to “the Other Shore”.
→What is the Other Shore for the swallow?
ツバメにとって、the Other Shore or お浄土は何でしょうか?
The swallow thinks his happiness is to be found in Egypt. But is Egypt really the true Other Shore?
Going to the Other Shore means becoming firmly settled in full appreciation of what we have here and now.
もう既に大きな恵みの中に生きている自分を発見すること。
ツバメにとっては、エジプトに行くのではなく、王子との出逢いこそはここで” the other Shore”として表現されています。
王子との出逢いは、ある意味善知識との出逢いになり、ツバメが望んでいた"エジプト"より大切なものに出逢えた。自分一人が救われるよりも、他の人の救いを求めるようになり、共に救われるが本当の救い、the true Other Shore であることに目覚めました。
The Innermost aspiration means the desire to become one with all sentient beings, to go to the midst of suffering people and share their suffering.
To Shinran, true birth means receiving the working of the Innermost Aspiration 本願力 and going back to the reality of human suffering. The reality of human suffering becomes for him a place in which he can witness the working of Amida’s Innermost Aspiration and in which he can transcend dualistic ideas.