「命は誰のものか」これを皆と一緒に考えさせて頂きました。安楽死は日本のマスコミにもよく取り上げられていますが、その殆どは難病を患い最後まて生き切るのが不安でしんどくなって、死を積極的に早める道を選ぶ人の話しですが、
うちの母みたいに、ただ生きるに疲れてきて、生き甲斐が見いだせなくなった高齢者の話しが聞こえて来ない。しかし実際には母と同じ悩みを抱えている人が益々増えてきているのは間違いないでしょう。
高齢者であることは、治る見込みのない病気の扱いになってきた!
老いは生き甲斐の見いだせない、安楽死を選ぶしかない状態でしょうか?
今の社会に生きている私たちが問われています。
誰でも死を選べる社会、私には違和感があります。自分自身のいのちに向き合わない限りは、「生きよー」という声が聞こえてこない!
聞き合いや語り合いできる場が今の社会、こんな困難な時代に以前以上に必要になってきた気がします。
何を拠り所として生きるのか、病や老いていく身にどのように向き合っていくのか、道が人によって違ってもそういう「心の拠り所」を持っているか持っていないかによって、その姿勢が変わるでしょう。
苦痛を受け容れるようになるまでは長いプロセスだと思いますが、最終的はそれ以外ないです。
しかしその悩みを抱えているのは自分一人ではない。そこを知るだけで救われる人がいる。
あなたは一人ではない!私はその声に救われました、、。🥹