対物性愛と宗教?対物性愛の対象は生命のないものがなるのは特徴です。心中、あるものと絆ができると言っても良いでしょう。

対物性愛の場合は、その対象はおもちゃから家電、建造物など様々だ。
なぜ人ではなく動物でもない物質に恋愛感情を抱いてしまうのか?

宗教的に考えると、形や目に見えないものと絆を結ぶ事は多いでしょう。私たち真宗門徒も、如来と言う、本来色も形もない存在と、お念仏を通して、触れ合いを持ちます。
そういう意味で共通点もあるのでは、と感じました。

キリスト教では修道女or シスター
はシスターになると、誓願と言って、神さまに三つの約束をしますが、その中一つは、神さまと人々のために一生独身で奉仕する約束。

この貞潔の誓願において、積極的に神さまの愛を人々へ伝えるために“結婚しない”という生き方を選ぶのです。違う言葉で言えば、イエスさまと結婚している感覚です。

ですので、イエスさまと結婚する証として、シスターは指輪をはめる。
しかしもちろんキリストの姿は目に見えないものです。要するに、心の関係を作り上げている訳です。

神や如来、色も形のないものと関係を結ぶ宗教的感覚は、対物性愛と共通点があると、感じました。
如来だと、方便法身という形あるものと関係性を感じるのか、あるいは形でなく、名号の方は宗教心が生まれやすいかは人それぞれですが、人間の心のあり方は奥深くて面白いな、と改めて思い知らされました。

私は高雲寺と結婚した気持ち、確かに、少しあります〜
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