「大悲に生きる人とあう、願いに生きる人となる」
この標語は以前から私の心に響いていたので、今日は真宗佛光寺派の「坊守研修会」にご依頼を頂いたこと本当に嬉しく思います。今回の会場は佛光寺の本山ではなく、長浜の佛光寺派の別院でした。

出遇いこそが道を歩むご縁となり、その道を導いてくださる存在が何より肝心であると感じています。具体的な出遇い、それこそ、教えに生きる人との出遇いが心に響き、善き師の内にはたらいている本願が身に染み入るほど伝わってきます。

教えは素晴らしくても、学問の学びに限界があります。
Faith is experience beyond learning! 
日常生活を通して、その色も形もない、不可思議なはたらきに出遇っていく意義ないです。

「自分自身の自我の闇に行き詰って、生きる意欲さえ見失っていた者が、法蔵菩薩のこの呼び声が聞こえてきたことによって、もはや自我の声に耳を傾けることなく、ただこの本願の呼び声一つを聞きつつ生きていこうと生れ変る」

これこそ、私にとって善知識となる存在から頂いた素敵お言葉です。有り難いな!
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